2018年01月28日

現在の神風連関連記事

太田黒伴雄先生が宮司をつとめられた新開大神宮が、後継者問題でピンチだそうです。
次の宮司は女性だそうですよ。
加屋先生が宮司をつとめられ加藤神社は参拝者がいっぱいで安心です。有名ですもんね。
未だに震災の爪痕が残る熊本ですが、神風連資料館を始めとする様々な史跡の復旧を願っております。


【神風連の最新記事】
posted by ほっこ・しげはる at 13:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 神風連

2017年11月21日

不幸

明日、萩で親戚の法事があります。萩は久しぶりですが観光気分で行ってはいけませんね。
亡くなった方のお父上が萩市で有名な方なので参列者が凄いことになりそうです。



ほっこ
posted by ほっこ・しげはる at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年10月29日

古都をめぐる 第1回高台寺と御陵衛士屯所

所謂パワースポットを巡り、京都東側を台風接近に伴う風雨吹き荒れる中、練り歩きました。
ご存知の通り、左は高台寺。
前回は大阪城でしたから、今回は豊臣縁のない寺社をと思いました。戦国の時代に珍しい恋愛結婚であったという豊臣夫妻が関係する場所で入口から二人の睦じいイラストや像が。
ここは夫・秀吉公の死後、北政所・寧殿がその菩提を弔うべく建立されたものです。
ちなみにこの寧殿の落飾後の院号は高台院湖月心尼です。建立には徳川家康の支援もあったようで、関ヶ原〜大坂の陣に掛けての、彼女の立ち位置も非常に気になります。
その高台寺の側にあるのが、伊東甲子太郎率いる御陵衛士隊の屯所跡です。
慶応3年に新撰組からある意味脱退した勤皇派の隊士らは、伊東を中心として薩摩の援助の中、勤皇思想を各藩へ広める活動を開始します。
そんな中、新撰組との対立も激化。
伊東暗殺が起こるまで、ここで様々な活動密議がなされていたのでしょう。小さな石碑で、うっかり見逃しそうです。新撰組屯所と比べると活動期間も短く、派手な行動もなかったのか本当にらひっそりと佇むといった風情でした。
時代は違えど、それぞれに激動の日本を知る史跡としての重みを感じる場所です。
近隣には、縁切り社や御縁結びなど、人と人の縁に纏わる寺社が点在してます。
ぜひ、皆さんもおたずねください!
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posted by ほっこ・しげはる at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記