2017年08月15日

小倉上陸

8月11日に、福岡県北九州市へ旅行してまいりました。北九州の中心部小倉地区へ!
勿論、河上彦斎やら幕末にも所縁のある小倉城と、あれこれつまみ食い兼、墓参りツアーです。
小倉城はこれまでに見たお城とは違い、何というか小ざっぱり。敷地は道路に分断されて居ることもあり、大半が公園化。
城郭も一部が残り、寂しい気もします。
そして、こちらも戦前は広島等と同じく主要都市として、軍都の名残がありましたよ。歩兵師団が場内に設けられており、その門跡もしっかり残っておりました。
幕末よりも、感慨深いものは、軍拠点の跡と、地元広島と共に原子爆弾による攻撃目標の一つであったこと。それを、軍施設跡をみて改めて感じさせられた点ですね。
小倉があの日曇りでなければ此処が被爆都市になっていたのかも、と考えると恐ろしいものがあります。
何はともあれ、お城と都市としては穏やかで活気もある小倉市内を満喫し、1日を過ごせました。また、機会を作って訪ねたく思います。
注)いろはす・あまおう買い損ねた事が心残り(ノД`)次こそは買おう、、

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2017年07月23日

福山市へ

海の日に、ドライブ方々広島県福山市へ行ってまいりました。
イトーヨーカドーで軽く食事をとり、福山城〜鞆の浦へ。

福山城主は水野勝成、徳川家康の従兄弟にあたり、関ヶ原以降の西国、、主として毛利氏の監視の意味合いでこの地に赴任。
年月を経て幕末期には思惑通り、毛利長州藩との戦闘など幕府側の要所としての役割も果たし
ます。
こういった城跡は多いが、明治〜戦後に至る開発により、その遺構は良くて縮小、最悪は消滅してしまっているところもあり、発展の影に消された歴史文化財を惜しむものであります。
以前より、鞆の浦の景観問題も取り沙汰されておりますが、遺構との共存を視野に新しいものばかりを追う近代的な思考を見直すべきと思います。

posted by ほっこ・しげはる at 13:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年07月01日

大阪写真

前回に引き続き大阪旅行の写真です。
神風連は勉強中につき、旅写真で失礼します。
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ご存知、太閤秀吉公で御座います。
豊国神社の鳥居前にドン!とおわす公の姿は威風堂々という感じです。
銅像なのですが、圧倒される、、これが天下人といふものか。
そして、大阪城を山里曲輪に向かうと、切なくも秀吉公が守りたかった豊臣と後継者である秀頼公の自刃跡が。
いつの時代も、敗者は歴史の闇に葬られるのだなと、ここに限らず訪れる先々で出会う敗者の歴史は実に物悲しく日の目を、、と願うばかりです。
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豊臣秀頼、淀殿自刃の地
秀頼公の父親は諸説ありますが、母親である淀殿と共に大阪の陣で追い詰められ、自害した場所と言われています。これも諸説ありますが。
今も花形向けられており、遣る瀬無さばかりではない、人の温かみを感じる場所です(´ω`)
城郭の荘厳さの影にある、こうした風景は大事に守りたいものですね。

posted by ほっこ・しげはる at 20:46| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記